あなたの知っている歯の常識は間違っています。 新、歯科常識
新、歯科常識は2000年4月13日(木)から毎日新聞「らくらく健康術」に連載されたものを加筆編集したものです。(上記の掲載記事の無断転載を禁じます。掲載記事のすべての内容は日本国及びアメリカ合衆国の著作権法並びに 国際条約により保護されています。)
最近、インプラント(人工歯根)と呼ばれる治療法が注目を集めています。
しかし、林歯科にはインプラント治療の失敗で苦しむ患者様が多く訪れます。インプラント治療を受けようとお考えの方はこのページをどうかよくお読みになって下さい。
インプラント治療とは、歯が無くなった部分に手術をして、セラミックやチタンなどで作られた人工の歯根を顎の骨に直に埋め込むことです。そして埋め込んだインプラントが安定した後に、人工の歯を被せ、かみ合わせを回復する方法です。
特定の医療機関以外では、自費診療のためか、第3の歯とか夢の治療などと喧伝されてもいます。しかし、インプラントには根本的な欠陥が二つあります。
天然の歯の根の部分は、歯根膜という繊維によって顎の骨に連結しています。この歯根膜にはクッションの役目もあり、歯と歯がかみ合った時の衝撃を吸収し和らげています。
自分の歯を指で押してみると、少し歯が動くことが実感できると思いますが、インプラントは、顎の骨に直接埋め込みますので、クッションとなる歯根膜がありません。ですから、物を噛んだときの力が直に顎の骨に伝わってしまいます。
こうした欠陥は、次のような場合に顕著に現れます。インプラントは単体で使われることはあまりなく、多くの場合ブリッジの土台として使われます。その時、近くの天然歯を一回り小さく削って、もう一方の土台とし、その両方の土台を人工歯(ブリッジ)でつなぎ合わせて、無くなった歯の部分を補うのです。
こうしたブリッジは歯根膜のクッションがある土台と、そうでない土台に支えられていますので、物を噛む度に、一方の土台は少し沈み、もう一方は全く動かないという不自然な働きを強いられます。
もう一つの欠陥は、インプラントを生理学的に考えると、私達の身体にとっては異物でしかないということです。
いくら生体に為害作用の極めて少ない材料を使っても100%身体に馴染むことはないのです。インプラントの上半分は口の中に出ていますので、ある生理学者はインプラントを「骨に刺さったとげ」と表現しています。
その結果、歯茎や顎の骨を傷めてしまうことになり易く、安定して使っている患者さんも多くいますが、こうしたトラブルも少なくありません。このリスクがある限り、私は自分の診療に取り入れようとは思っていません。
歯が無くなった部分を補う治療は、自分で取り外しの出来る「入れ歯」でほとんどのケースに対応可能です。入れ歯に対して年寄り臭いといった誤解を持っている人が多いようですが、私自身、一本義歯を不自由無く使っています。
虫歯が全くないという人は極めて稀です。あの耐え難い痛みは誰もが一度や二度は経験していることでしょう。歯医者での治療もドリルで削ったり、抜いたりとまた痛い思いをします。
一本でも歯を失うと食べ物が噛みづらくなったり、発音に支障がでたり、見た目が気になったりします。そうなりたくない為に、せっせと歯磨きに励んでいるのでが、残念ながら虫歯や歯周病を完全に予防する方法は確立されていません。
歯科医院が増え続けている事がそれを裏付けています。皆さんも心のどこかで歯がだめになったら歯医者に行って治してもらえばいいとの思いが強いのではないのでしょうか。
そうした思いの裏には『どうせ歯は物を噛み砕くだけの道具なのだから』と言った歯そのものを軽く考える傾向があるようです。痛い思いはしたくはないが、壊れた道具(歯)は詰めるなり、入れ歯を入れるなり、修理をすればまた元のように噛める様になるはずだから、それで良いといった考え方です。
虫歯や歯周病の予防が歯磨きがすべてと思うことと併せてこれが旧来の歯科常識と言えます。しかし、ここ数年の間に各メディアを通じて、『噛み合わせが悪いと、頭痛、首すじや肩のコリ、腰痛、不眠、めまい、ボケ等』様々な症状が全身に現われることがあり、どうも歯は単に噛むためだけの道具だけではなさそうだと、少しづつ知られるようになってきました。
いわゆる『顎関節症』と言う病名も一般的になりつつあるようです。歯と身体を切り離さない歯科治療を実践している私の立場から言うと、噛み合わせと全身の関連は皆さんの予想を遥かに超えています。歯も身体の一部なのですから分けて捉える方が不自然なのです。
野性の動物の世界では歯を失う事は死を意味します。歯は命と直結しているのです。単に噛むためだけの道具などと軽く考えてはいけません。口の機能に不調和があれば内臓に不調和がある時と同じように全身に波及します。
口の健康なくして全身の健康はありえないのです。『歯も身体の一部である。けっして歯と身体を切り離して捉えてはいけない』これが『新、歯科常識』なのです。
噛み合わせに不調和があるとなぜ全身に様々な症状がでるのでしょうか?それを説明するために、私たちの身体を大きく二つに分けて見ましょう。ひとつは骨や筋肉、皮膚といった構造体として、もう一つは、呼吸、消化、免疫、歩行といった働き(システム)です。システムというのは、『複数の要素がお互いに影響して行われる複雑な働きのこと』です。口という器官も全身のなかにある様々なシステムのひとつです。
例えば、口の中いっぱいのご飯の中から、一本の髪の毛をこともなく選り分けて取り出すことができます。なにげない日常の動作ですが、唇、歯、舌、下顎などが協調して初めてできる動作なのです。
食事や会話など口が機能するには顎や舌が動きます。それらを動かしているのは筋肉です。筋肉は脳からの指令で動きます。顎の動き方は顎関節の状態や、上下の歯の噛み合わせの状態に強く影響されます。他にも唾液の分泌など様々な要素が絡み合い、それらがきちんと調和されて初めて食事や会話をスムースに行うことができるのです。
これらの要素のうちひとつでも不調和や不具合があると全体がうまく働きません。例えば足を捻挫したときなど、いつものようには歩けないのはもちろんですが、靴が合わなっかたり、靴の中に小石が入っているだけでも非常に歩きづらく、ストレスが掛かります。
この時、無理をして歩き続ければやがて腰が痛くなったり、肩が凝ったり、ひどいときは頭痛まで起こってきます。同様に虫歯や歯周病、合わない詰め物、入れ歯などが原因で噛み合わせに問題があったり、噛み方(顎の動かし方)が偏っていたりすれば、いずれ他のシステムにも悪影響を与え症状として全身に現われるのです。
ですから、顎の痛みや肩凝り以外にも高血圧、めまい、便秘、生理痛、不眠、イライラ、ボケなど一見噛み合わせとは無縁と思われるような症状も現われることがあるのです。
人間の生命の営みはもとより、社会生活でも多くのシステムがお互いに影響しながら複雑に絡み合い、ある程度の幅の中でうまくバランスを保っている時が健康で安定している状態と言えるでしょう。
そしてこの『ある程度の幅』の大きさに個人差があることが、噛み合わせの不調和が全身に直結してしまうタイプの人と、そうでもないタイプの人に大別できる原因だと私は考えています。
私達人類の最大の特徴である直立二足歩行は、手が自由に使え、脳が大きく発達することをもたらしましたが、その分、ボウリング程もある重い頭が一番上にあるなんとも不安定な構造になってしまったのです。二本の足で自由な動きをするには、この頭を常に安定させなければなりません。この重い頭を支えるために、太くて強靭な筋肉が首の周りに付いており、これらの筋肉を適度に緊張させることで身体バランスを保っています。しかし、この筋肉が過緊張の状態になると、筋肉のなかを通っている血管や神経を圧迫し血行不良や神経伝達を阻害してコリや痛み、しびれ等の症状を全身に引き起こします。
物を食べる時に使う咀嚼筋や顎を支える筋肉は、この首の周りの筋肉に隣り合っているばかりでなく密接な関係にあり、一体となって働いています。口(の筋肉)の不調和が構造体としての筋肉バランスを崩し、全身に影響を及ぼすこともあるのです。例えば左側の歯に虫歯の痛みや欠損があったりして、右側ばかりで噛む癖(右噛み)が長く続くと右側の筋肉が発達します。左右の筋肉バランスが崩れ、頭は右側に傾きます。すると反射的に頭の傾きを直そうと反対側(左)の筋肉が働き過緊張の状態になり、痛みやコリが発生します。やがて傾いた頭の重みのために背骨が歪み、腰痛や内臓を圧迫し、口から遠い箇所にその影響が出てくるのです。
構造体として不安定な私達の身体バランスは全身の筋肉が司どっています。つまり、すべての筋肉の状態やバランスをより良く保つ事が、咀嚼や歩行等、身体の機能を円滑にするのです。特に咀嚼筋を初めとする首の周りの筋肉は進化の初期の段階では同じ呼吸筋(第二鰓弓.えら)の一部でした。言うならば出身が同じということです。この呼吸筋は頚部から胸部、腹部を経て肛門に至っています。従って口の不調和が同じ出身の筋肉を辿って『痔』を起こすこともあるのです。
上下左右の歯でバランス良く噛むことが身体バランスを安定させ、全身の健康につながるのです。そのためには、歯の本数が揃っているだけでなく、顎の動きの偏りや癖を、機能訓練や自律訓練などのリハビリで治し、スムースに口が動き、ストレスのない状態にしなければなりません。
歯を守るには、虫歯や歯周病を予防することが大切で、それには、ブラッシングを適切に行うことが一番の方法である。と信じられています。しかし、これは噛むための道具である歯の手入れ法であり、これだけでは不十分です。
どんな道具でも上手に使ってこそ長持ちするのです。そこで、1.噛み癖(右や左ばかりで噛む)を直し、左右の歯でバランスよく噛む。(第3回参照)2.食事以外の時に歯を噛みしめたり、歯ぎしりをしない(乳歯の時の歯ぎしりは除く)(第4回参照)この2点をしっかりと覚え、実行して下さい。こうしたことは、日常の生活で自分自身で出来ることですが、歯の治療の仕方でも歯の寿命は大きく違ってきます。
歯の治療は『必要以上に削らない、抜かない』ことと、複数の歯を一度に治療をしないことが大前提です。虫歯や歯周病以外に人工的に歯を侵襲することは極力避けなければいけません。一度削ったり抜いたりした歯は、二度と元にはもどりません。
小さな虫歯治療でも削る範囲は必要最小限にしなければいけません。特に、抜けた歯の部分を回復するために、健康な両隣の歯を一回り小さく削って、複数の歯を連結して被せるブリッジは要注意です。
例えば3本ブリッジの場合、健康な歯を削ることも問題ですが、新たに3本分のかみ合わせを回復しなければならなくなります。人工の歯で元のかみ合わせを正確に再現することは困難で、全体のかみ合わせバランスを狂わせる原因にもなりやすく、結果として歯の寿命を縮めかねません。
こうした場合は両隣の歯を削らずに抜けた部分だけを回復する『入れ歯(1本義歯)』や、『接着ブリッジ』を選択し、歯科医にはっきり伝えましょう。また、歯はいずれは減っていくものですので、使う素材も保険や自費に拘わらず、天然歯に近い硬さの物を選んでください。
かみ合わせの変化は全身にも影響しますので、歯科治療でかみ合わせが狂っるてしまうことを避けるには、治療を受ける際の体勢に注意が必要です。
小さな詰め物から総入れ歯に至るまで、かみ合わせのチェックは、立った姿勢か、椅子に腰掛けた姿勢で受けてください。治療台に寝たままの姿勢だと下顎がさがってしまい、本来の顎の位置とは違います。かみ合わせのチェックは食事をする時と同じ姿勢で受けて下さい。また、こうしたことを実践している歯科医を見つけることも歯と身体の健康を守る秘訣とも言えます。